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うるるん滞在記 パート2

2007.09.29 (Sat)
あ、先週木曜日、無事日本に帰ってきました。マケドニアでの
生活丸々2ヶ月でした。キャンセル待ちで早く帰国という
願いも叶わず(取れませんでした)。。。よくがんばったと思います。毎日のようにだんなと言い合いがありましたが、日本に帰ってきたら
すっかりなくなりました(笑)。わたし、そうとうストレス
たまりまくりで、だんなに当たり散らしていたようです
ごめんよ

結婚式も8月の最初に終わり、滞在の後半はホリデーっということで
あちらに行くまでは、ギリシャ、ブルガリア、チェコに行くぞ〜っと超楽しみにしていたけど、魔の9ヶ月児のおかげでそんなの夢のまた夢となりました。何もない生活
の上にどこにも行けない2ヶ月。なんとも禁固生活を送ってる
気分になることなること

でもオフリド湖というところに行って、ちょっとだけ
気分転換になった気がします。オフリド湖はマケドニアで
一番の観光地でユネスコの世界遺産にも登録されているようです。
水がと〜ってもきれいで日本の湖とは違う雰囲気な気がしました。
sunshineも水デビューして楽しそうだったし。泊まったところも
すご〜くきれいなところだったので、とっても快適に過ごせました。

が、その後の残りの生活は毎日「あと日本まで○日〜」と
カウントして、8月が終わるのが以上に長かったです

でも終わってみれば、いい経験だったと思うし、次に
いつ行けるかわからないので、旦那の家族のことを
思うとちょっと悲しくなります。でもまた
次に元気に会えることを願ってます

最近のsunshineは少しずつ伝い歩きをするようになったし
なんと言っても、電話を持たせて「もしもし〜」っと
やると、受話器を耳のところに持っていくこと
子供の成長ってすご〜いと思います。それにいつも髪に
ピンをつけてるんだけど、それをわざとわたしの髪につけてると
わたしによじ登ってきて、ピンをとって、もう一回そのピンを
わたしの髪の上にのせようとするの〜!かわいい〜
でしょ〜?!マケドニアでは「ちょ〜ち〜ちょ〜ち、あ〜わ〜わ」
っていう、手をたたいて、口をあ〜わ〜させるやつ?をマスター
してきて、いつでもどこでも頼めばやってくれるし(笑)。
はいはいもすごい速さで進んで、毎日追い回してるのが
大変になってきました。

もう今月で10ヶ月。最近では11月の誕生日パーチーを
どうするか悩んでます。あたしとしては
パーティーなんてしなくてもいいと思うんだけど、旦那が
ね〜。なんかいいアイデアないかしら?
なんかアイデア募集します〜。
【編集】  21:18 |  日本滞在記 2007  | TB(0) | CM3  | Top↑

うるるん結婚式。

2007.09.07 (Fri)
クリスチャンオーソドックスの結婚しきはかな〜り宗教っぽかったんだけどとってもよかったと思われます
日本の結婚式とはぜんぜん違うけどいい思い出になったと思うかな。教会ではカトリック系の式とは違い新郎新婦入場〜♪というのはな、みんなが集まったら「じゃ〜始めましょうか」という感じでした。神父さんも二人いてなんだかお経みたいな感じでBibleを読み始め、わたしはとうぜんわからず

結婚式では新郎新婦は冠をかぶらされます。↓前にいる人がgod father。
F1020004.jpg



これの冠をGod Fatherがわたしたちにかぶせてくれて、その後結婚指輪もgod Fatherがつけるのが役目です。この冠も指輪交換も色々儀式っぽくやるんだけど文章では説明しずらいので省略。。
とりあえず結婚の儀式って感じなのです。この一週間前くらいにわたしもクリスチャンになりました。って別になりたかったわけでもないんだけど、クリスチャンオーソドックスでないと、教会で結婚式ができないそうです。きびしいです(苦笑)

ついでにその後sunshineもクリスチャニングをしました。水の中に入れられてしまうんだけど予想どうりに泣き叫び。結局むりやり色々短縮されて、さっさと終わらせてもらいました。
赤ちゃんなのにもう宗教を決めさせるのもな〜っとも思いました。大きくなって色々な人と出会ったり、学校とかで色々学んできてから自分で宗教を決めれば、もしくはわたし的には無宗教で十分!とも思うけど、旦那はなんたって教会もいかなし、お祈りもしないし、ただ「ぼくはクリスチャンだよ」っというくらいの程度のクリスチャンなので、ま〜いいかと思うことにしました。おそらくわたしのように無宗教で困ったときだけお祈りとかして神頼みするタイプに育つでしょう(笑)。
↓水につけられておお泣き。かわいそうに。。。

F1020012.jpg



Reception、日本でいう披露宴は一応、この町の中で一番大きいと言われるホテルで行われました。日本で言ったら東急系ホテル?ってところかしら。一晩中踊って飲んでのドンちゃん騒ぎでした。ホテルが一部屋控え室用に用意してくれたので、そこにsunshineはわたしの母と仲良くしてました。部屋はホテルが用意してくれたので、冷蔵庫の中にある飲み物もサービスか〜♪と思ってみんなで
飲みまくってたけど、後で請求の電話が来てました(笑)。しかもマケドニアの物価ではなく普通に一本3ドルとかして、腹が立ったわたし。披露宴は夜の9時から夜中の2時ころまで続き、後半は
みんな場馴れして、飽きてたように見えたけど。一晩中踊らなくてもよくない?!あまりに長いと人って飽きるんだからささっと終わりにすればいいのに、とずっと思ってました。みんな2時ころに
疲れはてて帰って行き、god fatherと数名の親戚はまたもや家にやってきて。みんな超疲れた顔をしていて、でもこれが習慣らしいので、しょうがないようです。

結婚式に日本からはるばるやってきてくれた両親も結婚式の翌々日には日本にまた発ってしまいました
たった中4日の滞在で、もっといれればよかったのにと、みんな残念がってました。日本人は働かないといけないから〜と何度も説明してるのになかなかめげずに「もうちょっといられないの?」としつこく言われ続けたわたし。なんともね〜。わたしが一番両親にもっと長くいてほしいと思ってるさしかもマケドニアの首都スコピエ→チューリッヒ→成田で帰るのだけど、スコピエからの飛行機が朝の6時半(結局かな〜りdelayしてたらしいけど)で彼らは朝の3時半に家を出発してしまいました。
Sunshineがいるので当然空港にはいけず、さみしくベットに戻りました(しゅん。。。)なんだかとっても
取り残された気分でした。

結婚式が終わってからは連日の友人、親戚訪問がだんだん少なくなってちょっとは気分が楽になりました。
ほんとほぼ毎日だれか知らないおじちゃん、おばちゃん、お子ちゃまがやってきて、かな〜りうざいと思ってしまうわたし。しかもsunshineが夜寝たあとにやってきて、大声でしゃべるので、何度も起こされてかわいそうでした。そうそう、こっちの人ってみ〜んな男女ともおしゃべり好きで大声でしゃべるの!!隣の家には
当然にまる聞こえだろうし、一階でしゃべる声は2階に響くんです。それに気がつかない彼らはちょうど階段の下の廊下でも大声でしゃべり、2階で寝てるsunshineは起こされておお泣きし、わたしはいつも2階で超x100ごん切れしてました。旦那も最近になってそれに気がつき、義母に注意をするようになったけど、義母はそれでもあんまりわかっていません(涙)。これはまだ小さいことだけど、わたしの?か日本やオーストラリアに住む人たちの世間の常識が通じないのがこちらです。。。。通じないというか、違うのかというところだけど。ここにはぜ〜ったい住めないと思ったし、旦那の両親と一緒に住むという話、考え直してます。考え方の違いや、子供の育て方とか、世代のギャップが日本の両親とわたしたち夫婦のギャップの差とは違うし(←もっとギャップがあるということ)、どうやら容易にはいかないということがここに来てやっとわかってしまった。。。両親が嫌いとかではなくて、好きとか嫌いとかで考える事柄ではないようです。

昨日久しぶりに旦那と大喧嘩をしました。今までも言い合いは何度もあるけど、ほんとに久しぶりにトイレにこもりました(笑)。内容はたわいもないことだったんだけど、わたしがたわいもないことで超キレテ(ストレスだ〜!)、旦那が逆切れしました〜。トイレにこもるほどなんて前に一緒に住んでたマンションぶりだった
から一年以上ぶりかしら?やはり彼の英語には勝てません。ほぼネイティブの彼の英語にあっとうされる、、、が、それにくやしがってがんばってしまうわたす。普通に負けず嫌いが余計けんかになるんだろうな〜。今回はとってもひどかったのでちゃんと仲直りの会話をしました。Sunshineよ〜、ごめんよ〜

【編集】  05:16 |  日本滞在記 2007  | TB(1) | CM6  | Top↑

うるるん滞在記 パート1

2007.09.04 (Tue)
こちらの生活まとめを書こうと思います。が、、、、まだチケットは取れていません。このまま取れないのではないかと思いつつ。毎日相変わらず何もしていません。
朝8時か9時ころにsunshineと一緒に起きて、ベットの上でしばらくおもちゃで遊ばせ、一階に降りて行き、sunshineの水を沸騰させてさまして、sunshineが眠そうでなければ旦那に離乳食を頼むか、わたしが作ります。作ってる間にまた遊ばせ〜っというか
一緒に遊んで。そして食べ終わったころにはもう一度寝かせ、11時半から12時ころや〜っとわたしたちの朝ごはん。そうです、旦那の両親の家に滞在してるとはいえ、義母は働きに出ていき、義父は家にいますが、むか〜しの日本のように男は家の仕事をしないので、当然sunshineの面倒を見てる感じの雰囲気がかもし出されてないので頼めないのです。なので、ほぼわたしたち夫婦であれこれやらないといけないのです。来たばかりのころは
張り切って朝ごはんも豪華なものがならべられましたが、今はBurekと呼ばれるクロワッサンみたいのが出てくるだけ(笑)。それでは物足りないのでわたしたちは何か作り足し。はっきり言って、自分たちだけで
暮らしていたほうが楽です(苦笑)。そして土足禁止生活ではないので、sunshineを床において遊ばせといて何かするということができないので、一階にいるときはだれかが抱っこしてないといけないのです。はっきり言って何もできません。何もできないことでかなりいらいらします。たぶんこれが帰りたい病の原因のひとつです。

ところで、来たばかりのころ、sunshineは39度の熱を出しました。遊ぼうとはしてたけどやっぱり元気がなさげ。呼びかければこっちを向いて笑顔をみせようとするのが痛々しかった〜。目もうつろで代わってあげたいって思う親の気持ちがわかる。がんばって笑ってるって感じ。病院に連れて行って、抗生物質と咳止めをもらいました。それを飲ませるのが超x10大変で。。。。泣き叫ぶのがほんとかわいそうで。無理に飲ませないといけないのもつらかった。咳止めに入ってるたんを出させる物質のせいでせきをしてるのもかわいそうだったし、鼻がつまっていて口で息をしながら「あ〜あ〜」いいながらおもちゃで遊んでる姿も、こっちが見ていて苦しくなって。
座薬を飲ませ熱はすぐに引いたけど、お薬は2週間も飲ませないといけなくて、せきがひかなくてだんなに飲ませるのをやめようと提案しやめたら、直ったのが不思議〜。

そんでもってわたしはその後、救急に夜間いかないといけないくらいsickになりました。たぶん食中毒です
ある朝に起きたら嘔吐と下痢。。。。胃液をはきまくり、食べたら吐き、水でさえもはいて(苦笑)。。。ビタミンの注射と点滴をしまして〜。でも夜間に病院行ったらびびりまくり。だって病室が戦時中ですか?っていうような感じだったし、部屋も薄ぐら〜いし、おばあちゃんが斜め前にいて点滴してるんだけど、口をあけながら寝ているの。。ほんとびびりまくり。ついついここで何人の方がお亡くなりになったの?っと思ってしまうくらいびびりだったわたし。これを2回くらいぶり返して無事に回復し、結婚式に参加できました〜。
体重もすっかり妊娠前にもどったわ〜。いや、妊娠前ではなくてオーストラリアに来る前の体重だわ(笑)。

それにして、最近食欲のないsunshine。あんまり食べない。おっぱいばかり飲んでるからきっとおなかが
すかないのかな?ちょっと減らしてみようとは思うものも、ついつい忘れてしまい、いつもどうりにあげて
しまうやる気のない母です。。。ま〜そのうち食べるようになると思うんだけど。だからってこっちの人たち
みたいにチョコレートとかあげたくないし。今は自然の味を覚えてもらいたいので、周りになんと言われようともチョコレートとかはまだあげるつもりわないわん。

とういうことでこれはパート1で続きはまた。
【編集】  18:27 |  未分類  | TB(0) | CM6  | Top↑
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